ギターを修理に出しました。前と同じ、学生時代の同級生がリペアショプを開いているのでそこへ持って行きました。最初に持って行ったのはかれこれ6、7年前かな。その時はレスポール(もどきのフェルナンデスのギター)を持って行っきました。日本製のギターで新品で買った当時は5万くらいだったかな。安かったですが、すこぶる響きのよいギターで、すぐにピックアップをダンカンに乗せ替え、出音も最強だったのですが、ネックが曲がり非常に弾きにくい状態だったのでした。リペアしたらほぼもとどおり、今は最も活躍しているギターです。購入してから20年ですかね。木も乾燥してきたのか鳴りがとにかく良い。生音でもアゴギみたいに大きな音が出ます。ギターは値段ではないですね。少なくとも70〜80年代の日本製のギターはそれなりに出来が良いと思います。
で今回はあまり最近出番のなかったストラトキャスターの修理を頼みました。62年ビンテージUSモデル。このギター、中古での購入時で1800オーストラリアドル。当時の日本円で15万くらい。結構なお値段しましたが、留学していたオーストラリアでギターが弾きたくなって買ったものです。これまたネックが曲がりあまり弾いていませんでした。 今回修理に持って行った際、その場でネックを外したりの軽い診断をしてもらいました。するとピックガードの中側(ピックガードとボディーの間)に金属板が仕込んでありました。ストラトにしては重いと思っていましたが、まさかそんなものが入っているとは思いませんでした。たぶん前のオーナーがつけたものでしょう。同級生いわく、そうすることでノイズが減るとか。でもそれが良い音の秘密だったのかもしれません。ストラトとレスポールはまったく音の性質が異なりますが、直ったらライブでも使用してみようと思います。だいぶ雰囲気がかわることでしょう。 #
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| 2016-02-20 14:27
あっという間に3月になりました。毎度のことながらこの時期、年度末予算の使い切りのプレッシャーにさらされます。どうにかならないものですかね。科研費は昔にくらべ繰り越しが楽にはなってきていますが、学内予算はそうはいきません。結局使い切るのでこの時期ほとんど新規の購入は行えず、実験が止まる場合も多々あります。この無駄をなんとかできないものかといつも思います。そういえば今年科研費の切れ目の時です。昨年2件申請し、その結果の発表が4月はじめには出るでしょう。通らなかったことを考えると怖い。。
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| 2015-03-08 19:59
下の子が小学校に入り、慣れてきたのか休日子供同士で遊ぶことが多くなりました。親といるより友達と遊ぶ方が楽しいのでしょうね。家で夫婦だけ、という機会も増えました。昨日は2人で買い物へ。今まではいつでもどこでも子供と一緒。なんか変な感じでした。こうやって子育ては終わっていくのだな、と実感。気が楽になった気がしました。
と言ったところ妻は逆。子供が大きくなったことがどことなく悲しいそうです。男女の違いなのか、2人はいやなのか。。 #
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| 2014-11-02 07:39
前回の続き。博士をとった後、アカデミックで研究を続けるには大学の教員になることが多いでしょう。この大学の教員のポストですが、優秀な人が獲得するかといえば必ずしもそうではありません。特に若手の助教(昔の助手)のポストを得られるかどうかは、多くの場合、はっきり言って本人の能力よりも運でしょう。私を含め、たまたまポストを得られたにすぎない。これは今も昔も変わらないと思われます。もちろんその後准教授、教授となるにはある程度能力や実績が必要となりますが、それはまわりとの相対的な評価に基づいたものにならざるを得ません。
ポイントは、日本において、この最初のアカデミックポストを得られるかが多分に運に左右されている点です。これは今後、博士取得者の論文作成能力が全体的に落ちたとしてもかわらないでしょう。すると、たまたまポストを得られた人の、その後のポストの獲得は、たまたまポストを得られた人との相対評価に基づくことになるので、日本の大学教員の論文作成レベルは下がる一方となりかねませんね。 ということは、日本発の論文数の減少に歯止めをかけるには、博士取得者、すなわち博士進学者の全体的なレベルを上げるか、若手のポスト獲得を能力に基づいたものにするしかないのでは?と思われます。若い博士取得者が活き活きとと研究している姿を、若い大学院生にいかに見せられるかが重要と思います。 #
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| 2014-10-25 09:36
ノーベル賞、今年も日本人、受賞しましたね。物理学賞ですが。めでたいことです。今年度は青色LEDでの受賞。もろお金に直結する応用研究でノーベル賞でしたが、今後も応用研究でもらえるかというとそうでもないでしょう。青色LED発明のインパクトは別格と思います。
今回のノーベル賞を受けて、今の日本の科学研究の状況を憂いている記事が目につきます。「ノーベル賞は過去の遺産に過ぎない。今の日本の研究レベルを表すものではなく、今後も受賞が続くかは疑問だ」、というものです。確かに今、日本発の論文数が減少しているのは確からしく、このままでは日本の科学研究は危機に陥る、という記事が多い。まあ論文数だけで考えるのは無理があるとも思いますが、一理あるのかもしれません。 多くの記事では、論文数の減少は昨今における大学教員の雑務の多さに起因しており、その雑務のせいで論文を書く時間がないのだ、とあります。しかしそうですかね。。そもそも昔の教員ってそんなに自分で論文を書いていたんでしょうか?少なくとも私が学生のころは既にラボヘッドは自分でほとんど論文を書いていなかったと思います。もちろんポスドクや学生が初稿を書けば修正はしていましたが、それは今でも同じでしょう。ということは結局、今の学生やポスドクが、昔の人ほど論文を書かなく(書けなく)なったのが主な原因と私は思います。博士課程を出ていても、自分で論文をまとめきる研究能力と英語能力が身についていない博士が多いのかもしれません。 ではなぜそうなったのか。一言でいえば優秀な人が博士課程に進まなくなっているのでしょうね。論文を書けない博士の苦労を見ているから優秀な学生ほど就職を選択し、博士課程に進まない、ということであればまさに負のスパイラル。どっちにしても日本のサイエンスにとって明るいことではないですね。 #
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| 2014-10-23 20:11
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