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論文の著者順

学術論文を発表する際、その著者の名前の順番というのは重要です。研究者の評価はその人の発表論文で評価される事が多く、その際、その研究者の名前がそれぞれの発表論文の著者の並びでどこに位置しているのか、でその人の各論文に対する貢献度を量られるからです。

我々の分野では、筆頭著者に主な実験を遂行した人の名前がきて、最後にその論文の主な実験が行われた研究室のボスの名前が来ます。ですので重要なのは最初と最後の位置取りとなります。次に重要となるのが、コレスポンディングオーサーです。これはその論文に関する質問や別刷請求先として、いわばその論文に責任を持つ人のことで、論文中の著者の中でその人の名前のところに米印(*)がつきます。これも少し評価の対象となります。実際論文をまとめた人、と見られるからです。だいたいはラストオーサー(最後の著者)がなります。

若手研究者は筆頭著者としてなるべく多くの論文を書かなくてはなりません。逆に研究室を持ってからはラストオーサーの論文を出させなければいけなくなります。それぞれ逆ではなぜか評価は上がりません。

私は助教ですが、この立場が一番微妙です。学生の研究指導をし、実験を組み立て、時には研究費も取ってくるが、その実験が行われたラボは自分のラボとは見られないためです。准教授になると書類上正式な学生の指導教員になれるためか、論文もラストオーサーとしてまとめられる場合が多いです。それが准教授としての評価に繋がります。しかし多くの助教は、この著者決めでいらぬ気苦労を(少なくとも私は)伴います。

いままで会った何人かの助教の人たちのやり方を見ていると、1)学生の出したデータは基本的に自分の出したものとして筆頭著者として自分で論文を書く人、2)ボスに構わずラストオーサーとして論文をまとめる人、3)学生を筆頭著者にしてボスはラストオーサー自分は2番目の著者として論文をまとめる人、の三パターンがありそうです。

私は苦肉の策として、指導した学生がどんなかたちであるにせよ、自分で最初の原稿を書いた場合は2番目の著者でありながら論文を完成させることにしました。逆に学生がデータだけ出して論文にできずそのまま卒業してしまった場合は、自分は筆頭著者として論文をまとめることにしています。いずれの場合もできるかぎりコレスポンディングオーサーにはなろうと思ってはいます。ラストオーサーを取ることは求めません。国内では助教の評価としてそれほど重要ではないと思われたからです(これはこれで問題だとは思いますが・・)。

海外の研究機関では、この中途半端に独立している助教という身分制度はないので、本来、ラストオーサーがコレスポンディングオーサーになり、筆頭著者や2番目の著者がこれになることはほとんどありません。ですので日本から出てくる論文は、誰がどのように貢献したのかが海外の人にはわかりずらいと言われています。ただ日本発の論文が増え、上記のような独自の著者順決めをしていると、だんだん状況がわかって来た、というようなことを言う海外の研究者もいました。

他の助教のひとはどうしているのでしょうか・・
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by stemcell | 2007-10-31 22:33

研究手法

研究を行う手段は人それぞれだと思います。しかし国外の研究室で仕事を行ったり海外の学会に出席するようになると、私が学生として所属した日本の研究室での教えというか研究の進め方とは違うな、と感じる事柄がありました。

私が所属した日本の研究室のいくつかでは、まずそのラボの装置や手法があり、それをもとに実験を組み立てていく、という発想が先攻していたと感じます。言ってみればその与えられた状況でなにができるかを考えていたわけです。しかしポスドクで滞在した米国のラボではまず知りたい事をハッキリさせることが先で、それに必要な装置や新しい技術はどん欲に取り入れる、というスタンスだったように思います。

もちろん国内の研究室にもこのような考えのラボはいっぱいあるとは思いますが、海外の学会で、例えば自分のポスター前で今後の仕事の展開をディスカッションしたりすると、新しい技術や装置の話に発展する事が多いような気がします。こんな実験ができるようになっているよ、とか、こんな装置で測定ができるはずだよ、という風に。

おそらく年を重ねるにつれてそうゆう新しい研究手段に鈍感になっていきそうな気もしたので、最近は新しい技術を積極的に取り入れ、研究手段はなるべく選ばないようにしようと心がけています。数年前Gate wayシステムが出て来た頃、なんとなくうさんくさく思った自分にはっとしてからはなおさらです。
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by stemcell | 2007-10-29 22:48

アメリカでのハロウィーンの思い出

今日川崎駅で国内最大級のハロウイーンの仮装パレードがあった、いうニュースを見ました。結構本格的に仮装している人もいて見物人も結構いました。日本でも広告会社やメーカーの入れ知恵か、最近ハロウィーンの季節になると町中であのカボチャをよくみます。私は実際はハロウィーンという行事にどうゆう意味があるのかわかっていませんが、アメリカでそのハロウィーンパーティーに加わったことがあります。

ポスドクで米国に滞在したのは、大学しかないような小さな街でした。しかしそのような小さな街にも多種多様な若者たちがいて、学生ばかりではなく、地元で生まれ育って大人になるような人も結構います。そのような若者は基本的には大学生たちと混じって遊ぶ事はあまりなく、地元の連中とつるむことが多いです。私はひょんなことからそのような人たちとバンドを組み週末は活動をしていました。

彼ら彼女らは数人で一軒家を借りて共同で住みます。そこで毎週末のように場所を変えてパーティーが開かれます。ビールが振る舞われますが、それはその家の人達が用意しているようで、その分持ち回りになるわけです。各家にはトルネードを避けるため地下室が必ずあるのですが、そこでよくバンドの演奏を頼まれたりしました。

ハロウィーンの時はそれこそ一大イベントで、ほぼ町中の若者が集まってきます。私たちもその日は仮装をして演奏しました。写真は(私は手前で写っていません)その時のものです。そんなパーティーができるアメリカの若者たちは少しうらやましいものでした。



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by stemcell | 2007-10-28 22:43

ギターの弾き方

今日は午後早めに研究室を切り上げて少しギターの練習をしました。先週末に新しいバンドのメンバーと会い、彼らとの練習が来週末にあるからです。ギターは家族にいやがられながらもリビングにずっと置いてあるのでときどき一人でテレビを見ながら弾いたりはしていましたが、バンドで合わせるとなると話は別です。

まず楽譜を見ながら演奏するわけではないので(そもそも読めませんが)曲の構成をすべて覚え、コーラスを加えつつ弾く練習が必要になってきます。さらにパンクと呼ばれるジャンルの音楽なので、ギターは適度に低く構える必要があります。となると構成を覚えコーラスを入れつつ立って低く構えたギターを弾く練習になるわけです。この一人で家で唄いながらギターを弾いてる様はちょっと人には見せられませんね。

リビングに置いてあるギターはストラトキャスターですが、今度のバンドではレスポールを使う予定でしたので、押し入れから5年ぶりに出してみました。ギターは不思議なもので弾いていないといい音が出なくなります。エレキギターでもそれを感じます。今回もそうでした。弾く人が微妙にそのギターにあった弾き方をするようになるからだと思いますが、愛情のせいだよ、という人もいます。
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by stemcell | 2007-10-27 18:22

ポスドク時の仕事

最近周りの人と若手研究者はどのように仕事を進めるのがよいのか?または進めるべきなのか?という話題になることが結構ありました。結局は人によって立場が違うので一概には言えないと思いますが、私も今後どのように仕事を進めればいいのか少し悩むところはあります。

研究者としてやっていくにはある分野の第一人者になる必要がある、というのは共通した意見だと思います。しかしそうなるための方法論がポスドクを経験した日本とアメリカでは大きく異なるような気がします。

日本のアカデミックポストにいる人は結構な割合でポスドク時代の仕事を引きずる(こうゆう表現をよくします)のは良くない、という意見を持つ人が多いです。しかし米国にいる限り、テニューヤートラックでやってくる新人はほぼすべての人がポスドク時代の仕事を発展させた形で仕事を展開していくように見えます。なぜこうも違うのですかね・・

おそらく原因と思われるのは、ポスドク時代の仕事を持ってきては助教はやれないこと(理由は以前に書きました)、や日本のポスドクは所属ラボ内でそれほど自由に新しいテーマを設定できないこと、等が考えられます。そもそも独立する準備段階がポスドクなのだ、という意識があまり国内にはないのだと思います。結局国内で独立するには海外でポスドクをするのはあまり勧められない、ということになってしまいますね・・これでいいんでしょうか。
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by stemcell | 2007-10-25 21:59

科研費の額

今年度の科研費の申請が近いという話を以前しました。科研費にはいくつか種類(基盤研究、若手研究、萌芽研究など)がありますが若手(この場合37歳まで)研究者が出せる種目はだいたい決まっています。まずだれでも申請するのは若手研究SまたはAまたはBです。申請できる予算はそれぞれたしか5000万以上、3000万、500万です。研究期間は申請時に決める事ができますが、だいたい前者2つは3年、後者は2年のプロジェクトとして申請する人が多いでしょう。若手研究Sは最近始まったものですが、これはおそらくラボを立ちあげる時を想定していると思われ、若くして独立した人以外まず通らないでしょう。Aに関しても各分野一人くらいの採択数と思われます。普通の助教は若手Bに採択されればまだいいということになります。ちなみに競争倍率はSもAもBも変わらず4~5倍と聞いています。

研究費は採択時にどうゆうわけかだいたい三割減額されます。そうすると若手Bに採択されると、実際の予算は一年目にだいたい250万、二年目に150万前後ということになります。これで備品、消耗品、旅費、論文代等をまかなうわけです。分光機やイメージング解析装置等は買えるわけもなく(なんとか一年目に安いものを買ってもほとんどの研究費がなくなります)、独立した人はまずやっていけません。なので今すぐ必要はなくても独立した際にもっていけるように、教授の研究費をあてにできるうちに、自分の研究費で備品をせこせこ購入する助教の人もいます。そうするしかないのが現状です。私も毎回なにかしら購入しています。
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by stemcell | 2007-10-24 21:10

論文投稿

今日は学生と一緒に行った仕事の論文を投稿しました。米国の著名な科学雑誌であるScienceに投稿しました。いままで40回ほど論文をいろんな雑誌に投稿しましたが、Scienceは初めてです。

昨今論文の投稿はweb上で送りますので、編集者に秒単位で届きます。10年ほど前私が学生の時はまだ論文は郵送でした。だいたい4部ほどの印刷した原稿を郵便局のExpress Mailなんかを使って送りました。これだと届くのにだいたい一週間くらいはかかります。さらに編集者からレフリーにも郵送で原稿を送るので、更に時間がかかりました。web上で投稿すると電子データがそのままレフリーに届くのでレビューも早く、したがって審査結果がわかるのも昔に比べたら格段に早くなりました。早いところだと三週間くらいでレビューの結果が電子メールで届いたりします。もっともNatureやScienceといった著名雑誌はレフリーに回す前にかなりの割合で不採択の宣告を受けるらしいです。レフリーに回ればまだいいのでしょう。2週間ほど結果がこなければレビューに回ったと判断していいと思われます。
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by stemcell | 2007-10-23 20:20

仕事仲間

研究者というのはなかなか孤独なもので、会社勤めの人と違い違い職場に同期の人間というのはほとんどいません。ポスドク時代はまだ境遇を同じにする人たちがいましたが、大学の助教になった今は上と下に人がいるだけです。この境遇はずっと続くのでしょう。これは私にとっては少しつらいところで、自分の置かれている立場を共有できる人間が身近にいることはそれなりに重要な事なんだったと最近思います。

今夜は旧知の2年とし上の人と久しぶりに食事をしました。彼は私が博士課程の時在籍していた研究室に他大学からある研究の手法を学びに来ていたときからの知り合いです。偶然出身学校が同じだったので意気投合し、その後もちょくちょく会いお互いの研究状況や環境について話をしています。今日も話し込んで結局終電一個前の電車で帰ってきました。彼は今R研究所でラボを持っています。日本のScienceに関して、大学との違い、独立してから考えた事等を聞くことができました。最後はかなりよっぱらってなにをしゃべっていたのでよく覚えていませんが、久しぶりにくったくない会話をしました。貴重な時間でした。
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by stemcell | 2007-10-23 01:26

ランニング

今日は天気が良かったので午前中少しランニングしてから研究室に行きました。学生時代陸上部で中長距離を走っていたので、ときどき走りたくなります。ランニングをしない人に、走っているときは何を考えているの?とよく聞かれます。走っていると普段と少し違う心の持ちようになるというか、日常の生活から一歩離れた感覚になります。普段実験のことばっかり考えていますが、走り終わるとリフレッシュした気持ちになります。研究者にはおすすめですね。

ランニングに関するブログをトラックバックさせてもらいました(http://blog.goo.ne.jp/jiro3000/)。J君も研究者ですが、かれがすごいのは実験がおわった後夜中に走っている事。これはまねができません。
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by stemcell | 2007-10-21 21:39

バンド

今日は音楽雑誌のバンドメンバー募集の記事で知り合いになった人たちに会いました。私はギターとして加入を希望していました。一度スタジオで音合わせをしようという話がトントン拍子で決まりました。最初なので共通して好きなバンドの曲をやろうということでランシドという米国のバンドの曲を数曲合わせてみる事になりました。

ギターは20年来弾いていますが、バンドでギターを弾くのは5年ぶりになります。5年前アメリカにポスドクでいたとき向こうで組んで以来です。日本人とアメリカ人の混成で、結構地元では人気を博したバンドに成長しました。私の帰国であえなく解散しましたがよい思い出です。バンドをやっていると音楽の国境超えを体感できます。
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by stemcell | 2007-10-20 23:07