2008年 04月 30日 ( 1 )

新聞の役割

最近市販の洗剤等を使って硫化水素を発生させて自殺を図る、という事件が多発していますが、その調合法を記したインターネットのサイト管理者に警察が削除するように要望を出した、という記事が今日の夕刊に出ていました。

しかし直感的にそんなことをしても無駄のように思えます。インターネット経由の情報交換は非常に膨大なもので、それらをすべて取り締まる事はほぼ不可能に思えて来ます。

そう考えると情報源がすべてテレビや新聞だけだった20年前と比べるとだいぶマスコミ業界の構造が変わって来たと思えてきます。特に新聞は今後衰退していく事は明らかでしょう。今の若い人がほとんど読まないのも致し方ない事だと思います。

ところで新聞や雑誌には誰かが取材した情報を元した記事が載りますが、そこに記された情報は書いた人間の主観がかならず入ります。しかしこれは一方取材された情報の都合の良いところだけを取り上げて記事を書くことができる事でもあります。この点、科学論文に似ているのかもしれません。実際自分で論文を書くようになった今、書き手の思惑が透けて見えるような新聞記事が多くなったと感じるようになりました。

しかし科学論文の場合はそこに書かれたことは他の人間によって検証され淘汰されていきます。従って科学論文の書き手は必然的に非常に慎重に研究結果を論文の中で議論して行きます。一方新聞記事の場合はほぼ垂れ流し、いいっぱなしのところがあるのではないでしょうか。一般市民の考えとはだいぶ違ったものの考え方をする人が新聞社には多くいる、ということも最近よく聞きます。この点も新聞離れが進む要因かもしれません。
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by stemcell | 2008-04-30 22:03